山形地方裁判所米沢支部 昭和30年(ワ)27号 判決 1956年3月03日
原告 国
訴訟代理人 横山茂晴 外二名
被告 小坂詮
主文
被告は原告に対し金二七八、八一七円及之に対する昭和二十九年四月一日から完済まで年五分の割合の金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は之を二分しその一を原告の負担としその余を被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
被告は原告に対し金五四一、四五〇円及之に対する昭和二十九年四月一日から完済まで年五分の割合の金員を支払へ
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める
第二請求の原因
(一) 原告は訴外小薗井正一に対し配炭公団から譲渡を受けた債権即ち弁済期を昭和二十七年四月三十日とする石炭売掛代金一、六七二、〇七〇円九八銭及之に対する弁済期以降完済まで日歩金二銭の割合の約定損害金の債権を有していたところ同訴外人は昭和二十六年七月四日原告が譲受けた右債権を担保する為同人所有の別紙目録記載の建物について原告のため抵当権を設定し同月十二日山形地方法務局米沢支局受附第三、一八一号を以て第一順位の低当権設定登記を了した。
(二) ところが被告は右抵当権の存在することを知り乍ら昭和二十九年二月下旬訴外小薗井から右建物のうち木造セメント瓦葺三階建事務所延坪五十九坪五合(建坪十八坪)を解体の目的を以て買受け同年三月中不法に之を取り毀して搬出し以て原告の抵当権をその限度に於て消滅せしめて之を侵害した。これは被告の故意又は少くとも過失による不法行為であることは明らかである。
(三) 前記原告の訴外小薗井に対する石炭売掛代金一、六七二、〇七〇円九八銭の債権は昭和二十九年三月十三日小額通貨の整理及支払金の端数計算に関する法律第十一条第一項の規定により円未満の端数は一円として計算されたため金一、六七二、〇七一円となつたところ同訴外人は同年六月二十九日右売掛代金の内金千円を弁済したため現在の同訴外人に対する売掛代金は金一、六七一、〇七一円、である。ところで取り毀された右建物の価格は金五四一、四五〇円であり抵当権の目的として残存する木造杉皮葺平家建物置建坪六坪の価格は金六、〇〇〇円である。従つて原告の抵当権の価格は取り毀された抵当物件の価格に相当する金五四一、四五〇円の限度で減損せしめられこれは被告の前記不法行為により原告の被つた損害であるから被告は之を賠償すべき義務がある。
(四) よつて原告は被告に対し前記不法行為による損害の賠償として金五四一、四五〇円及之に対する不法行為成立後の昭和二十九年四月一日から完済まで年五分の割合の損害金の支払を求める。
第三被告の答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
(二) 原告の主張事実中原告が小薗井正一に債権のあることは知らない、その他の主張事実を争ふ。
(三) 被告の予て経営する公衆浴場弁天湯は昭和二十九年二月十八日夕刻の火災により焼失したので被告は早急に之を再建する必要に迫られその建築材料にすべき古材を探し求めていたところ偶々小薗井所有の本件建物が解体されていることを知り同月二十四日同人からその古材全部を金三十六万円で買入れ之を右再建材料に使用したものであるが当時解体前の右建物に原告主張のような抵当権の設定せられていることは知らず従つて原告の抵当権を害する意思はなかつたのであるから被告には何等責任がない。
第四証拠の提出認否<省略>
理由
(一) 原告が小薗井正一に対し原告主張のような債権並抵当権を有するか否かにつき考える、真正に成立したものと認められる甲第一乃至第四号証、同六号証の一、二並証人小薗井正一の証言(一部)を綜合すると訴外配炭公団は予て訴外小薗井正一に対し弁済期を昭和二十七年四月三十日とする石炭売掛代金一、六七二、〇七〇円九八銭及之に対する弁済期から完済まで元金百円につき日歩二銭の約定損害金の債権を有していたが同公団は昭和二十四年政令第三三五号による解散に伴い昭和二十六年三月一日右債権を原告国に譲渡し同月十二日債務者にその旨の通知をした小薗井は右原告の譲受けた債権を担保するため昭和二十六年七月四日別紙目録記載の建物につき原告と抵当権設定契約をなし同月十二日山形地方法務局米沢支局受附第三、一八一号を以て第一順位の抵当権設定登記を経由した。
以上のことを認められる、その後右債権は昭和二十八年七月十五日法律第六〇号小額通貨の整理及支払金の端数計算に関する法律第十一条第一項の規定により円未満の端数は一円として計算されたため元金は一、六七二、〇七一円となつたところ同訴外人が昭和二十九年六月二十九日右債権元本に向け金一、〇〇〇円を弁済したことは原告の自認するところであるから原告は同人に対し金一、六七一、〇七一円及之に対する昭和二十七年四月三十日から完済まで日歩金二銭の割合の約定損害金の債権を有し且之を担保するための前記抵当権を有すること明らかである、右認定に反する同証人の証言は採用しない。
(二) 次に被告が右建物を不法に取毀ち以て原告の前示抵当権を侵害したか否かにつき考察する。成立に争いのない甲第七、八号証、真正に成立したものと認められる甲第十三号、乙第一乃至第三号証、証人小林庄作、同柴田五郎、前示小薗井(一部)の各証言及被告本人の尋問の結果(一部)を併せ考えると被告の予て経営する公衆浴場弁天湯は昭和二十九年二月十八日火災にかかり燃失した。そこで被告は急ぎ之を再建せんものと思い立ちなるべく安く之を仕上げるため古い建物の売場を物色した末小薗井所有の本件建物(但し別紙目録記載の現存建物中六坪の物置を除く以下同じ)を代金三十六万円で買受けることとし同月二十四日手附会二万円を差入れ残金三十四万円は同年三月三日援受して売買契約を結んだ。右建物は昭和十三年頃小薗井がその経営する石灰石採掘業附属の事務所に充てるため新築したものであるが昭和二十五、六年頃同人が右事業を休止して以来使はずに之を放置していたところ同人は他の事業の資金の必要に迫られ之が買主を求めているうち前記のように古材を物色中の被告に之を売却したものであるがその際小薗井から原告のため抵当権の設定せられていることを告げなかつたし被告も之に気づかなかつたが右建物の取毀しに着手後の同年三月一日被告は念の為司法書士小林庄作を介し右建物の登記簿を閲覧し之に前記のような抵当権の設定せられていることを知つたが抵当権の問題は売主の方で処置すべきもので被告には関係ないものと軽信して解体完了した。又売買の際右建物は売主の方で解体の上古材として被告に引渡す約束であつたが売主から之が解体に当る大工などの斡旋を頼まれ解体費用一万円を受領し被告の知合の大工柴田五郎を斡旋し同人が人夫を使用し同年二月末頃から約十日間を要して同年三月上旬頃之を解体し(此の間被告も二、三回解体作業に立会つた)同人は被告から依頼せられ之を浴場再建のための材料に使用した。
以上のことがらを認定することができる。右認定に反する証人小薗井の証言や被告本人尋問の結果は採用し難い。
してみると売主小薗井は右建物が抵当権の目的となつていて右建物の取毀により前記抵当権を害することを知り乍ら之を告げずに自ら解体することを承諾の上被告に之を売却し被告亦右解体に着手後抵当権の目的となつていて同様抵当権の害せられることのあるべきことを覚知すべきであつたのに之を観過し不注意にも解体中止その他適当な措置をとることなく漫然解体作業を進行させ以て右建物の取毀に協力したものであるから右抵当権の侵害について被告は不法行為上の責任を免れない。
(三) よつて損害の発生について按ずるのに前示甲第六号証の二と証人柳谷喜七郎の証言とを併せ考えると右小薗井は前記債権を担保するため本件抵当権の外昭和二十六年五月十日同人の権利に属する石炭鉱業の試掘権を原告に対し譲渡したところ同人の要請により原告は昭和二十九年夏頃青森県鉱業課に照会したり又同年秋頃二つの会社の人に実地の調査をさせ之を売却しようと試みたがその調査の結果第三者が之を取得経営してみたところで経営費用に喰はれるばかりで到底採算がとれず買受希望者がなくて事実上交換価値がないこと、原告は小薗井に対してこれまで本件債務の履行を催促したが同人は唯猶予を乞ふのみで之に応じなかつたこと、同人には之を措いて何等資産がなく現在無資力であることをそれぞれ認めることができるから原告は残存の物置(六坪)一棟以外には前記債権を満足すべき手段がなくなつたものと云ふべく又真正に成立したと認める甲第五号証、甲第十四、第十五号証、証人鈴木喜介の証言を併せ考えると本件建物の昭和二十九年三月当時の価格は普通そのまま使用できる状態で取引される場合金五四一、四五〇円が相当であり又之を他に移築することを条件として取引される場合金二七八、八一七円が相当であることを認められる。
思ふに石灰石採取業者がその事業場附近でその事業の事務所の用に供する目的で建てられた建造物はその本来の事業に使用せられるために取引せられる場合初めてその効用を発揮し従つてその取引価値も亦大きいものと認めるのが通常であるところ本件に於て原告の有する前記試掘権が殆んど交換価値がないこと前記の通りであるから本件建物の取毀による損害額を算定するに当つて基準とすべき価格は本来の目的に使用せられる場合に於ける取引価格によるべきではなく之を他に移築することを条件として取引される場合に於ける価格によるべきものと認めるのが相当である。従つて昭和二十九年三月当時の本件建物の価格は金二七八、八一七円が相当であるとせねばならぬ。それで原告は被告の叙上不法行為により抵当物を喪失せしめられたことに基因し右建物の価格に相当する限度に於て損害を被むつたものと云ふべく被告は原告に対し金二七八、八一七円及之に対する不法行為後の昭和二十九年四月一日から完済まで年五分の割合の損害金を支払ふべき義務あることは明らかで原告の請求は右の限度に於て正当として之を認容すべきであるがその余は失当として棄却を免れない。
よつて民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文の通り判決した。
(裁判官 西口権四郎)
目録<省略>